わざわざ投稿しなくてもと思うこと
コロナ渦で私が学び感じたこと。
人間模様が浮き彫りになったというか。
生活様式が変わり、人々の意識も変わり。
これいいように変わったものと、そうでないものがくっきりと分かれ。
驚いたのは、私の知人(女性、個人自営業)のSNSの投稿。
『〇〇の助成金が振り込まれた』
次は〇〇の助成金を申請しよう。
貰えるものは貰うわ。
というもの。
その投稿に対して、皮肉ともとられるコメントがされていた。
『助成金御殿が建ちますね(笑)』
そもそも彼女の仕事は、このコロナ渦の影響は受けていない。
確かに多少なりとも影響はあるのかもしれないけど。
『貰えるものは貰う』ということをわざわざSNS上に書かなくても。
私より年上の彼女。
しかも彼女の仕事を知っている私は、なんというか
『あさましい』と感じてしまった。
勘違いしないで欲しいのは、助成金を受け取ることが『あさましい』のではなく、
『貰えるものは貰う』という表現が。。。
心の中で思っているのならいいけど。
もはや彼女は『貰う』『拾う』『タダ』をこよなく愛する人になってしまったのだろう。
何度も言うけど、私は彼女の仕事を知っているだけに、それを公に言ってしまうことに『あさましさ』を感じているだけ。
コロナ渦で私の人間関係の断捨離のきっかけがまた増えた。